概要
前立腺がんは、前立腺肥大症とともに、中高年の男性において注意すべき前立腺の病気のひとつです。かつては日本人男性には少なかったこの病気も、食生活などの環境因子の変化も加わり、平均寿命が延び高齢化祉会になったこともあり、非常に罹患率が高くなっています。
症状
早期の前立腺がんに特有の症状はありません。多くは前立腺肥大症に伴う症状です。具体的には排尿困難、頻尿、残尿感、夜間多尿、尿意切迫、下腹部不快感などです。
前立腺がんは、進行すると骨に転移しやすい癌です。前立腺自体の症状はなく、たまたま腰痛などで骨の検査をうけ、前立腺がんが発見されることもあります。また肺転移によって発見されることもあります。
診断 検査
- PSA検査(前立腺特異抗原検査)
PSAは前立腺でのみ作られ、正常な前立腺から血液中に流れ出すことはないため、健康な人では血液中からPSAが検出されることはほとんどありません。
しかし、前立腺がん細胞ではPSAがたくさん作り出され、細胞自体が壊れやすいため、簡単に血液中に漏れ出してしまいます。
つまり、PSA値(ng/ml)が高いほど、活発に活動している前立腺がん細胞が多いことを意味します。 - 直腸触診
- 超音波(エコー)検査
- 前立腺生検
確定診断を行います。但し、生検で癌が検出されなかった場合でも半年あるいは1年に1回はPSA検査が必要です。
病期 ステージ
触診所見、画像診断の結果などから前立腺癌の病期は決定されますが、前立腺がんの分類は複雑です。
これは前立腺肥大症として手術が行われ、その結果、前立腺がんが認められた場合も含めて分類するためです。
またPSA検査の普及にともない、触診あるいは画像検査などで特別がんを疑う所見がなかったにもかかわらず、PSA値の異常を認めたため生検を施行し、その結果癌を認めた場合をどのように分類するかが必要となります。
現在の分類では、前立腺がんを疑って検査を受けると、T1c以上の病期と分類され、前立腺癌を疑わず結果的に前立腺癌が発見された場合にはT1a.bと分類されます。
PSA値の異常のみで生検を実施し、がんが検出された場合はT1cと分類されます。T2以上は触診、あるいは画像で異常があった場合の分類となります。
前立腺癌取扱い規約第3版3病期分類より
- T
原発腫瘍 - T1
触知不能、または画像では診断不可能な臨床的に明らかでない腫瘍 - T1a
組織学的に、切除組織の6%以下に、偶発的に発見される腫瘍 T1b 組織学的に、切除組織の6%以上を越え、偶発的に発見させる腫瘍 - T1c
針生検により確認(たとえばPSAの上昇による)される腫瘍 T2 前立腺に限局する腫瘍 T2a 片葉に浸潤する腫瘍 T2b 両葉に浸潤する腫瘍 - T3
前立腺被膜を越えて進展する腫瘍 T3a 被膜外へ進展する腫瘍(片葉、または両葉) T3b 精嚢に浸潤する腫瘍
T4
精嚢以外の隣接組織(膀胱頸部、外括約筋、直腸、挙筋、および/または骨盤壁)に固定、または浸潤する腫瘍 N 所属リンパ節 N0 所属りんぱ節転移なし - N1
所属りんぱ節転移あり M 遠隔転移 M0 遠隔転移なし M1 遠隔転移あり ステージ分類も複雑です。わが国ではA~Dの分類が使用されることが一般的です。 - ステージA(T1a,T1b)
前立腺癌を疑わず、前立腺肥大症の手術の結果、癌が発見された場合であり、特に早期癌であるという意味ではありません。 - ステージはB~D
前立腺癌を疑い、そのための検査を施行され、結果的に前立腺癌であった場合が当てはまります。 - ステージB(T2)
一般的な早期癌を意味します。
前立腺内に癌がとどまっている場合です。 - ステージC(T3とT4の一部)
前立腺外への進展が認められる場合です。 - ステージD D1(T4かN1)
骨盤内への進展・転移がある場合です。 - D2(M1)
遠隔転移がある場合です。
T1cについては当初このステージ分類には想定されておらず、B0と表現されるようになりました。ただABCD病期分類は多分に曖昧さを含んでいるため、可能な限りTNM分類に従って分類することが推奨されています。
薬
- イクスタンジ錠(一般名:エンザルタミド)
- イクスタンジカプセル(一般名:エンザルタミド)
治療法と副作用
前立腺がんの治療の大切なポイントは発見時のPSA値、腫瘍の悪性度(グリーソンスコアー)、病期診断、比較的進行が遅い癌であることから、年齢と期待余命、最終的にはご自身の病気に対する考え方などによります。
前立腺がんの正確な病期診断は難しいため、グリーソンスコアーや治療前のPSA値なども参考にしながら治療法が決められます。
実際の治療ではいくつかの治療法が併用して行われることもあります。
待機療法
前立腺生検の結果、比較的おとなしい癌がごく少量のみ認められ、とくに治療を行わなくても余命に影響がないと判断される場合に行われる方法です。
具体的にはグリーソンスコアーが6かそれ以下で、PSAが20ng/ml以下、病期T1c-T2bまでの病態に対してPSA値を定期的に測定して、その上昇率を確認します。
PSA値が倍になる時間(PSA倍加時間)が2年以上と評価される場合にはそのまま経過観察で良いのではと考えられています。
手術療法
根治的前立腺摘徐術
前立腺、精嚢を摘出し尿道と膀胱を吻合する方法です。
リンパ節の転移の有無を確認するためリンパ節郭清が一般的に施行されます。がんが前立腺内にとどまっており、10年以上の期待余命が期待される場合には最も生存率を高く保障できる治療法です。
手術の方法には下腹部を切開して前立腺を摘出する方法(恥骨後式前立腺全摘除術)と 腹腔鏡とよばれる内視鏡下に切除する方法、あるいは肛門の上を切開して前立腺を摘出する方法(会陰式前立腺全摘除術)があります。
- 副作用
尿失禁と性機能障害があります。
この手術では性機能障害は精管が切断されるため術後、射精することができません。
また勃起を支配する神経が病態によっては前立腺と一緒に切除されるため、勃起障害が起こります。逆に病態によっては神経を温存することも可能です。
放射線治療
放射線を使って癌細胞の遺伝子を破壊し細胞分裂をできなくする方法です。
前立腺癌に対する放射線治療には手術療法と同様に転移のない前立腺癌に対する根治を目的とした場合と、骨転移などによる痛みの緩和、あるいは骨折予防のために使用される場合があります。
外照射法
転移のない前立腺癌に対して、身体の外から患部である前立腺に放射線を照射します。
前立腺癌に対する放射線治療では放射線の総量が多くなればなるほどその効果が高いことが知られています。現在では治療範囲をコンピューターで前立腺の形に合わせ、なるべく周囲の正常組織(直腸や膀胱)にあたる量を減らすことにより、従来の放射線治療と比較して、より多くの放射線を照射できるようになっています。一般的に1日1回、週5回で7週間前後を要します。
- 治療中の副作用
前立腺のすぐ後ろに直腸があるため、頻便や排便痛、出血、また膀胱への刺激により頻尿や排尿痛などが挙げられ、照射方法によっては放射線皮膚炎や下痢が生ずることがあります。
密封小線源療法(組織内照射法)
小さな粒状の容器に放射線を放出する物質(ヨード125とよばれるアイソトープ)を密封し、これを前立腺へ埋め込む治療法です。
多くは半身麻酔のもとに肛門から挿入した超音波で確認しながら、計画された場所に専用の機械を使用して会陰(睾丸と肛門の間)からアイソトープを埋め込みます。
外照射法と比較して数日で治療が終了し、前立腺に高濃度の放射線を照射することが可能です。
- 副作用は軽度で埋め込まれた放射性物質は半年くらいで効力を失い、取り出す必要はありません。埋込み直後には一部生活に制限があります。
この治療は前立腺内にとどまった前立腺癌の中でも悪性度が低い癌がよい適応とされています。
具体的にはPSA値が10ng/ml以下でかつ、グリーソンスコアーで6かそれ以下が単独治療の対象とされています。この場合には手術療法と同様の効果が得られるとされています。
それ以外の病態では密封小線源治療に外照射法と組み合わせて治療することが薦められています。
前立腺肥大症に対して内視鏡的に前立腺を削りとったあとには、小線源を埋め込めない部位ができてしまうため施行できません。
また大きすぎる前立腺に対してはそのままでは埋込みが困難です。
内分泌療法(ホルモン療法)
前立腺がんは男性ホルモンの影響で病気が進むという特徴があります。
男性ホルモンは主には精巣、一部は副腎からも分泌されます。男性ホルモンを遮断すると癌の勢いがなくなります。
このことを利用した治療法が内分泌療法(ホルモン療法とも呼ばれています)。
方法としては精巣を手術的に除去するか、LH-RH (レルエイチアールエイチ)アナログと呼ばれている注射が使用されます。注射剤は1ヵ月あるいは3ヵ月に1度注射することで精巣の働きをなくします。
また男性ホルモンが癌に作用しなくする抗男性ホルモン剤という飲み薬を服用することもあります。抗男性ホルモン剤は副腎からの男性ホルモンの働きも遮断します。
現在、内分泌療法の初期段階では注射あるいは飲み薬が単独あるいは、併用して使用されることが一般的です。
内分泌療法の問題点は長く治療を続けていると、いずれは反応が弱くなり、落ち着いていた病状がぶり返すことです。この状態を「再燃」と呼んでいます。
再燃状態となると女性ホルモン剤や副腎皮質ホルモン剤などが使用されますが、これも当初は反応が認められても次第に効果が弱くなります。
内分泌療法は前立腺がんに対して有効な治療法ですが、この治療のみで完治することは稀であると考えられています。
内分泌療法は転移のある前立腺癌に対して施行される方法です。これは転移を来していても、もともと転移した癌細胞は前立腺癌の性格をもっているため、転移した部位にも作用してくれるからです。
- 内分泌療法の副作用
急に発汗したり、のぼせやすくなる”hot flash”(ホットフラッシュ)と呼ばれる症状が起こることが一般的です。
抗男性ホルモン剤を使用した場合には乳房痛も認められることがあります。また下腹部に脂肪がつきやすく体重が増加しやすくなります。
女性ホルモン剤では心臓や脳血管に悪影響を及ぼし、重篤な場合には心不全や脳梗塞などが起こることがあります。
内分泌療法を施行した場合、多くの場合に性機能が障害されます。
- 内分泌療法の副作用
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