乳がん(乳癌、Breast Cancer[2])とは乳汁を分泌する乳腺小葉上皮、あるいは乳管までの通り道である乳管の上皮が悪性化したものであり、近年の日本人女性の悪性腫瘍のなかでは最も頻度の高いものとなっています。
主な症状は、乳房にできる硬いしこりで、普通は左右どちらかに生じますが、手で触れてはっきりわかるほどになっても痛みはなく、その為発見が遅れることもあります。乳頭から分泌物が出たり、乳頭のただれや変形、乳房の皮膚のへこみなど見られることもあります。
乳がんは「非浸潤がん」、「浸潤がん」、「パジェット病」の3つの種類に大別されます。
乳管内または小葉の中にとどまっている早期のがんです。転移を起こすリスクは低いので手術で切除すればほぼ100%完治します。
乳管や小葉の外まで広がっているものをいいます。がん細胞が血管やリンパ管に流入することで、周囲のリンパ節や乳房以外の臓器に転移する可能性があります。
パジェット病は、しこりをつくらず乳頭近くの乳管内に発生して、皮膚炎のような症状をみせながら周囲に広がる特殊なタイプの乳がんです。通常は転移を起こすことがなく、予後のよいがんです。
乳頭の湿疹や赤み、びらんが発見の手がかりになる。
エストロゲン[8]受容体・プロゲステロン[9]受容体・HER2の3つ(トリプル)が腫瘍細胞に発現していない(ネガティブ)乳がんのことを呼んでいます。
女性ホルモンであるエストロゲン[8]とプロゲステロン[9]は、それぞれの受容体が発現している乳がんの発生と増殖に関する因子であり、これらの受容体が発現している場合はホルモン療法が有効となります。
HER2[10]はがん遺伝子で、HER2[10]が発現している場合は抗HER2[10]療法の効果が期待できます。
トリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、これらの因子とは全く関係ない発がんメカニズムを持つ乳がんのため、ホルモン療法も、HER2を攻撃する分子標的薬も効かないので、一般的に予後が悪いと言われています。しかし、実際には個々の患者さんで発症の要因が異なり、化学療法の効果が高い病気[11]です。
乳がんは5mmぐらいから1cmぐらいの大きさになると、自分で見つけることができるようになります。
痛みは、まずありません。
がん細胞が乳頭にまで達すると乳頭から血の混じった分泌物が出てきます。
非浸潤がんは、しこりなどの自覚症状がなく検診で発見される率が増えていますが、乳頭から血性の分泌物が出ることで異常に気づくこともあります。
がんが乳房の皮膚や乳頭に近いところに達することで現れることがあります。
明らかなしこりは見つけられないが、乳房表面の皮膚がオレンジの皮のように赤くなり、痛みや熱感を起こします。これは、乳がん細胞が皮膚のリンパ管の中に詰まっているためです。
炎症性乳がんは全身的な転移をしやすい病態です。 乳房の近くのリンパ節の腫れ 乳がんは乳房の近くにある領域リンパ節に転移をしやすく、領域リンパ節が大きくなってくるとリンパ液の流れがせき止められて腕がむくんできたり、腕に向かう神経を圧迫して腕のしびれをきたしたりすることがあります。
乳頭のただれや周囲の皮膚の湿疹がみられる。
乳房近くのリンパ節に転移した場合、リンパ節が腫れたり、周囲の神経が圧迫されて腕がむくんだりしびれることがあります。
転移した臓器によって症状は違います。領域リンパ節以外のリンパ節が腫れている場合は、遠隔リンパ節転移といい、他臓器への転移と同様に扱われます。
腰、背中、肩の痛みなどが持続する場合は骨転移が疑われ、荷重がかかる部位にできた場合には骨折をおこす危険もあります。
肺転移の場合は咳が出たり、息が苦しくなることがあります。
肝臓の転移は症状が出にくいですが、肝臓が大きくなると腹部が張ったり、食欲がなくなることもあり、痛みや黄疸が出ることもあります。
女性ホルモンであるエストロゲン[8]との関わりが有力視されていて、出産経験のない人や初産が35歳過ぎとうい人が比較的多くみられ、同じ家系に多発する例が少なくありません。
マンモグラフィー[23]は乳房を装置に挟んで圧迫しX線撮影する検査です。
触診では見つからないような小さながんが見つかることがあります。 透明な板で乳房を挟み、平に拡げて撮影することで乳管と呼ばれる乳腺の実質を詳しくみていきます。
このとき癌が疑われる場合は周囲と異なる塊状のしこりや、乳管に沈着したカルシウムが砂をまいたようにみえる石灰化した状態が見られたりします。
こうした症状があっても、すべて悪性とは限りません。
マンモグラフィ(2D-MMG)は、乳房を圧迫してX線で写真を撮りますが、これでは乳腺組織の厚みのために撮りたい部位が重なって分かりにくい場合があります。
閉経後の患者さんでは、乳腺が減って脂肪組織が増えるためわかりやすいのですが、若年者や乳腺の多い方ではどうしても判定が困難になってしまいます。
3Dマンモグラフィ(3D-MMG)は、撮影角度を変えて複数の方向から撮影し、収集したデータを3次元的に再構成することにより、画像の重なりを排除し、病変の判定がマンモグラフィ(2D-MMG)よりも容易です。
診察台の上に仰向けになり、皮膚にゼリーを塗って、プローブ(端子)をあて、乳房の内部を観察する検査です。痛みはなく、体への負担はほとんどありません。
検査中は、画面を見やすくするために、診察室を暗くします。数mmの小さな腫瘤(しこり)を見つけたり、しこりの性状が詳しくわかる検査です。細かい石灰化は見えません。
乳房全体をコピーのようにスキャンし、様々な方向から乳房内を検査します。
画像が立体的に構築できるためCTやMRIの様な画像を表現することが可能な装置です。
検査データーを一時保存することができ、一時保存することにより検査の見直しが可能です。
デンスブレスト(dense breast)の場合には、乳腺の影響を受けず、がんが黒く描出される超音波検査(エコー)が適しています。
乳房の乳腺密度が高い女性の場合、マンモグラフィでは乳房組織が白く映り、がん細胞も同じく白く映るためがんを見分けにくい。
乳腺MRI検査[29]とは、強い磁力を発生するMRI装置を用いて、乳房の病巣を画像化し、診断する検査のことです。乳房にできた腫瘍と正常な乳腺組織とを鑑別できます。原則、ガドリニウム造影剤を使用して検査を行います。
MRI検査[29]には、撮影条件を変えて画像のコントラストを調節でき、また、縦・横・斜めなど、任意の方向からの断層画像を得ることができるという利点があります。手術後の乳腺の状態を調べるのにも有効で、定期的な検査としても行われています。
コンピューターを用いた特殊なX線断層装置で、からだの断面を映し出す方法です。撮影する範囲が広いので、肺や肝臓、脳など、他の臓器への遠隔転移をみつけるのに有効です。
乳がんの骨への転移を調べるための検査です。放射性物質(アイソトープ)を注射し、転移のある骨にアイソトープが集まる性質を利用して、転移の有無を確認します。
骨への転移の可能性が高いと判断された場合に行うことが多く、早期の乳がんには行わないことがあります。
陽電子放射断層撮影(PET)の原理を応用したもので、放射線検出器を乳房に当てて撮像します。マンモグラフィー[23]のような痛みがなく高精度で撮影範囲も広い画像になります。
針を刺すので痛みは少しありますが、局所麻酔は必要とせず、注射の跡も残りません。反面、細い針を使うため、採取できる細胞の量がとても少なく、正確な診断が難しいことがあります。
細胞診は、良性か悪性かを推定するために行われることが多く、がんと確定するためには、より多くの組織を採取できる組織診が必要となります。
乳頭(乳首)からでている分泌液をオブジェクトグラスまたは生理食塩水の中に取り、その中にある細胞の性質を顕微鏡で検査する方法です。
病変部に太めの針を刺して病変組織を採取し、症状の原因を調べる検査です。
針生検は、組織を採取するときに用いられる機械の種類によって、コア針生検と吸引式乳房組織生検に分けられます。どちらも痛みを抑えるため、局所麻酔を用いて検査します。
細胞診に用いるより太めの針(通常14ゲージ)を超音波ガイド下に病変に刺入し、組織片を切離・採取して顕微鏡で病理診断する方法です。
触診では明らかなしこりを見つけられず、画像検査だけで異常が指摘されるような場合には、マンモトーム生検と呼ばれる特殊な針生検を行うこともあります。
1回の採取で複数の大きな組織片を採取できます。
診断がつきにくい微細石灰化巣や微小病変の生検をより確実に行えます。
乳がんが転移しやすい遠隔臓器として肺、肝臓、骨、リンパ節などがあります。
遠隔転移があるかどうかの診断のためには、胸部レントゲン撮影、肝臓のCTや超音波検査、骨のアイソトープ検査(骨シンチグラフィ)などが行われます。
センチネルリンパ節生検は、腋窩リンパ節転移の有無を負担が少なくて調べられる方法です。
センチネルリンパ節(見張りリンパ節)とは、乳癌のリンパ節転移が最初に起こる可能性の高いリンパ節のことです。
つまりこのセンチネルリンパ節に転移がなければ、その他のリンパ節にも転移は起こっていないと考えられます。もし術前や術中にこのセンチネルリンパ節を見つけ、顕微鏡検査でそのリンパ節に転移が無いことを確認できれば、不必要なリンパ節郭清を省略することができます。その結果、術後の合併症を予防することができます。
乳癌という診断がついた場合、がんが乳腺の中でどの程度拡がっているか、遠隔臓器に転移しているかについての検査が行われます。
乳がんの拡がり、すなわち乳房のしこりの大きさ、乳腺の領域にあるりんぱ節転移の有無、遠隔転移の有無によって大きく5段階の臨床病期(ステージ)に分類され、この臨床病期に応じて治療法がかわってきます。
乳癌の治療は、まず画像診断で癌の大きさを測定して、癌のの部分の組織をとって浸潤の有無を調べます。 そして、その癌は女性ホルモンの刺激に反応するのか、活発に大きくなる性質なのかなどを見極めます。 その結果、例えば抗がん剤が効くタイプの癌なら、先に抗がん剤治療を行って癌を小さくしてから小さく切除するという、乳房をより美しく残す手術が可能です。
外科療法と放射線療法は治療を行った部分にだけ効果が期待できる「局所療法」であり、薬物療法は「全身療法」として治療を行います。
乳房に出来たた癌を切除するために行います。がん組織を含めた周りの正常組織を同時に切除します。
乳房のしこりだけを切除する手術です。吸引細胞診や針生検では癌の診断がつかない時に行われることが多く、癌の手術としては一般的ではありません。
がんを強く疑う場合は、がんから約1cm外側を切除します。乳房円状部分切除術ともいいます。
しこりを含めた乳房の一部分を切除する方法で、「乳房温存手術」と呼ばれます。
病変の部位や拡がりによって、乳頭を中心にした扇形に切除、あるいは癌の周囲に2cm程度の安全域をとって円形に切除します。
この中には扇状に広がるひとつの乳管系を切除する乳房扇状部分切除術も含まれます。
しこりが大きい場合、乳がんが乳腺内で拡がっている時、乳腺内にしこりが複数ある場合には、温存手術は行いません。
通常手術後に放射線照射を行い、残された乳房の中での再発を防ぎます。
癌のできた側の乳房を全部切除し、筋肉、腋の下のリンパ節の切除は行いません。
乳房と腋の下のリンパ節を切除します。場合によっては、胸の筋肉の一部分を切り離すこともあります。最も一般的な乳癌の手術方法です。
大胸筋だけを残すペイティー手術と、大胸筋、小胸筋共に残すオーチンクロス手術の2つがあります。リンパ節郭清はどちらも行います。
乳房と腋の下のリンパ節だけでなく、乳腺の下にある大胸筋や小胸筋を切除します。癌が胸の筋肉に達している場合に行われます。
腋窩リンパ節郭清は、乳がんの領域でのリンパ節再発を予防します。また、再発の可能性を予測し、手術後に薬物療法が必要かどうかを判断するためにも非常に重要です。
センチネルリンパ節は、癌の近傍に放射線同位元素や色素を注射することにより見つけます。
多くの場合は、腋の下のリンパ節がセンチネルリンパ節になりますが、センチネルリンパ節に転移がない時、腋の下のリンパ節に転移がないということがわかっています。
皮下乳腺全摘術は、全摘術の欠点(皮膚の欠損、乳頭・乳輪の欠損、傷が大きい)を補うため小さな傷から皮膚と乳頭・乳輪を残し、乳腺を全摘します。
温存術と同様に、局所再発してから全摘術をしても、最初から全摘術をしても生存率は同じです。 傷が目立たず自然な乳房再建が可能になります。
皮膚を残して、乳頭・乳輪と乳腺を全摘します。
放射線にはがん細胞を死滅させる効果があります。乳がんでは外科手術で癌を切除した後に乳房やその領域の再発を予防する目的で行われる場合いと、骨の痛みなど転移した病巣の症状を緩和するために行われる場合があります。
乳房全体に放射線を当てずに、摘出した部分に集中して強い放射線を当てます。 手術と同時、または、術後に直径2ミリのプラスチックチューブを5本~15本程度、癌を摘出した部位を中心に乳房に刺します。 そのチューブに金属線で繋がれた直径1ミリ長さ5ミリ程の放射線物質イリジウム(小線源)を通します。
装置で操作して移動しながら部分照射します。 線量は1回に6グレイ。1日2回、各10分程の治療で3日間で終わります。
治療中は入院してチューブを刺したままにしておき6回の照射が終わった後に抜き取ります。 利点 全乳房照射と比較すると、心臓や肺への放射線の影響が少ない。
乳がんの治療に用いられる薬は、ホルモン療法、化学療法、分子標的療法の3種類に大別されます。
薬物療法には、個人差はありますが大小の副作用が起こります。 ホルモン受容体 約7割の乳癌はホルモン受容体を持っており、ホルモン受容体を有する乳がんは女性ホルモン(エストロゲン[8])の刺激が癌の増殖に影響しているとされます。
ホルモン受容体(エストロゲン[8]受容体とプロゲステロン[9]受容体)検査 手術でとった乳がん組織中のすることにより、女性ホルモンに影響されやすい乳がんか、そうでない乳がんかを調べます。
女性ホルモンに影響されやすい乳がんを「ホルモン感受性乳がん」、「ホルモン依存性乳がん」と呼び、ホルモン療法による治療効果が期待されます。
抗エストロゲン[8]剤、選択的アロマターゼ阻害剤、黄体ホルモン分泌刺激ホルモン抑制剤などがあります。
ホルモン療法の副作用は、化学療法に比べて一般的に極めて軽いのが特徴です。
ホルモン受容体陽性の閉経後乳がんの治療は、タモキシフェンからアロマターゼ阻害剤に代わってきています。術後の補助療法でタモキシフェンを上回る再発抑制効果、タモキシフェン治療後の投薬で無治療の場合よりも生存率を高める効果があります。
閉経前の場合では、卵巣からの女性ホルモンの分泌を抑えます。
化学療法は細胞分裂のいろいろな段階に働きかけてがん細胞を死滅させる効果があり、乳がんは比較的化学療法に反応しやすい癌とされています。
化学療法はがん細胞を死滅させる一方で、がん細胞以外の骨髄細胞、消化管の粘膜細胞、毛根細胞などの正常の細胞にも作用し、白血球、血小板の減少、吐き気や食欲低下、脱毛などの副作用があらわれます。
化学療法には注射薬や内服薬があります。使用する薬剤やその投与法によって副作用の特性やその頻度などは異なります。
乳がんに使用される代表的な抗がん剤には次のようなものがあり、頭文字で表されます。
C
M
F
A
E
T
がん細胞にのみ特異的に作用する薬剤による治療法です。主にがん細胞にくっついたり、がん細胞が増殖するのに必要な酵素だけを抑えたりすることによって抗腫瘍効果を示します。
乳がんのうち20%~30%は、乳がん細胞の表面に受容体HER2[10]タンパクと呼ばれるタンパク質をたくさん持っており、このHER2タンパクは乳がんの増殖に関与していると考えられています。
ハーセプチン治療は、転移性乳がんで乳房以外に拡がった状態の癌、または、受容体HER2タンパクあるいはHER2遺伝子を過剰に持っている乳がんのみに適応されます。このHER2タンパクを狙って攻撃することにより治療します。
乳癌が骨に転移した場合には、痛みや骨折の合併が見られることがあります。骨転移には骨にある破骨細胞(骨を壊す細胞)が関与して、働きが亢進していることが解っています。
破骨細胞の働きを抑える薬がビスフォスフォネート製剤やデノスマブ[98]です。これらの投与で痛みや骨折の予防になります。
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